販売者に会いにゆく (旧・今月の人)

松川幸夫さん

“モデル”デビューも果たし、「もう少しだけ頑張って自分なりの目標に到達したら、電話したい」、お母さんに

松川幸夫さん

新宿駅南口に立つ松川幸夫さん(53歳)は、最近、『ビッグイシュー』創刊2周年を記念してつくられたポスターで“モデル”デビューを果たした。一風変わったヘア、タンクトップ姿で、自慢の力こぶを見せる松川さんのポスターは、新宿のヴィレッジヴァンガードなどに貼られている。“モデル”話を振ると、ひとしきり恥ずかしがる松川さん。

「(上を向いて立っている髪を指差し)散髪する前に伸びた髪をセットしたら、こんなふうになっちゃって……。宝くじ売り場のおばさんったらこの写真見て、髪切らないでトレードマークにすればよかったのにって言うんだよ」と本当に照れくさそうに笑う。

「ポスターの人でしょ」と声をかけられることもあるという。53歳とは思えない筋肉と自慢の力こぶは、長年やってきたポリッシャーと呼ばれる重い機械を使った清掃などの肉体労働で鍛えたものだ。

松川さんは宮城県の出身。中学卒業後すぐに上京して就職したが、「“東京は怖いところ”と言っていたお母さんの言葉が正しいことがわかり」数年で帰郷。そんな“怖い東京”に出て来ざるを得なくなったのは、2年ほど前のことだ。

「会社をクビになって、もうお母さんのもとにいられないなぁと思って、こっそり塩釜にある親戚のおばさんの家に行ったんです。いつまでもそこにいるわけにもいかないから、ある日、“仕事を探しに東京に行きます”という書き置き残して出てきたんですよ。以来、おばさんにも、お母さんにも、一切連絡は取っていません」

会話の中によく出てくるお母さんという言葉。松川さんにとって、その存在がどれほど大きいものなのか伝わってくる。

「お母さんはとにかく元気でね、もう70歳を超えているっていうのに、朝5時から畑に出るしっかりものなんですよ。うちは代々、女が強い家系なのか、妹もたくましくてね。僕は子どものころから、大人しくて、やさしいタイプだったから、妹と入れ替わって女の子に生まれてくればよかったのに、なんて言われたもんなんですよ」と楽しそうに話してくれる。

東京に出てきたはいいけれど、仕事はなかなか見つからず、所持金も使い果たし、新宿の地下道で暮らすことになった松川さん。仲間の紹介で『ビッグイシュー』を売り始めるようになったのはちょうど1年前のこと。今も天気のよい日は、朝8時から夜8時まで、12時間近く、売り場に立つ。新宿駅周辺に立っているベンダー(販売者)仲間とのちょっとした情報交換が楽しみだ。

「調子どう?今日は何冊売れた?って、仕事の話がほとんどですよ。みんな一所懸命頑張っているからね。負けられないよ。プレッシャーもいっぱいあるけど、励みにもなってるんですよ。こういうあたたかい感じって、今までの職場にはなかったもの」

東京は今もちょっと怖い。時々、冷たいなと感じることもある。
「ビッグイシューを手にたくさん持って売っていたら、強い風が吹いてきて、何冊も飛ばされちゃったんです。拾ってくれる人は誰もいなかった……。つらいこともいっぱいあるけど、それでもいつも買いに来て、声をかけてくれるお客さんもたくさんいる。だから頑張らなくちゃぁねぇ」

販売者仲間と一緒に、銭湯に行くこともある。背中を流しながらする話もまた販売の話だとか…・・・。

「お風呂上りに一番ちっちゃなビールを飲むんです。それが今、一番の息抜きかな」

“モデル”デビューも果たしたことだし、そろそろ郷里のお母さんに連絡してみたら?とのおっせかいな提案に、「あと少しだけ、もう少しだけ頑張って、自分なりの目標に到達したら、電話してみようと思いますよ。その日を目指して、今、頑張っているんですから」と松川さんはニッコリ笑った。

※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。

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