販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
ドイツ『フィフティ・フィフティ』 販売者 ルドルフ・ドルシュケ
僕は“ノードシュトラーセ・ファミリー”の一員 孤立する人たちの話に耳を傾けながら
ルドルフ・ドルシュケはお客さんから“ルディ”と親しまれ、デュッセルドルフのノードシュトラーセ(通り)で24年間『フィフティ・フィフティ』の販売を続けている。「ここに僕がまだ立っているか、賭けに興じる人もいるんだよ」とルディはおかしそうに笑った。そしてその賭けは、いつも「立っている」に賭けた人が勝つ。
取材がてら一緒に食事でも、と誘ったが、ルディはやんわり断った。「もういっぱいなんです」とお腹をさすり、差し入れの入った手押し車を指差す。
「僕は、ノードシュトラーセ・ファミリーの一員なんだ」と彼は言う。「この通りは、僕を受け入れてくれたんだよ」。数分おきに、ルディの言葉が正しいことが証明される。つまり、常連さんや友人たちが「ルディ、元気?」「時には休憩もとってよ」と、握手を交わしたり親しげに背中を叩きながら通り過ぎていくのだ。走るトラムから手を振る人もいるし、市外から彼に会うために訪れる人もいる。お得意さんの中にはデュッセルドルフ市長も含まれており、政策について直接質問を投げかけることもある。
雑誌販売は「押しすぎてはいけない」というのが彼の鉄則だ。「身を引けば、人々の方から近づいてくれる」のだという。時には「仕事しろよ!」と心ない言葉が飛んでくることもあるが、「これが僕の仕事なんです」と静かに答える。
路上での仕事は雑誌販売にとどまらない。ノードシュトラーセで今何が起きているかを把握し、お客さんの話に真摯に耳を傾ける。訪ねてくる人を励まし、慰め、時には役所の手続きについてアドバイスもする。こうして多くの人々とかかわってきたおかげか、「近くのアパートが解体される時はいつも、部屋の中に使えそうなものがないか声をかけてくれる人もいるんです」。
ルディは心配りの人だ。「孤立というものがどれほど社会に蔓延しているかを知れば、驚くかもしれません」と彼は、定年を過ぎたある女性客のことを話す。「彼女は『近所の人と数年ぶりに挨拶を交わした』と涙ながらに語ってくれました」
年をとった友人の死を打ち明ける人もいる。特に高齢者にとっては、ルディは日々の悩みや自身のうつ状態を明かすことのできるたった一人の相手なのかもしれない。
そんな彼も、かつては社会での居場所をなくした一人だ。アルコール依存症に陥り、結婚生活が破綻し、仕事を失い、それに伴い友人や同僚、子どもたちとも疎遠になった。彼はずっと恥じ入る気持ちを抱えて、元同僚たちに現在の状況を知られるのを恐れてきたのだという。
アルコールを断って20年が経つ。『フィフティ・フィフティ』の販売という仕事を得て、ルディは今、人生の意味を取り戻しつつある。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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