販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
ドイツ・ハンブルク『ヒンツ&クンスト』販売者 トーマス
フェイスシールドとクリアケースで販売再開 「お客さんたちが、毎朝起きる理由をくれている」
実に2ヵ月ぶりのことだった。ハンブルク市アルトナのハルコート通りにある、スーパーマーケット「エデカ」前。トーマス(43歳)は新型コロナウイルスによる販売休止を経て、やっと自らの売り場に立つことができるようになった。
不安もある。お得意さんは、自分に気づいてくれるだろうか。販売部からはマスクとフェイスシールドを渡され、販売する姿は以前と少し違って見えるだろう。「いつも立っていた場所、入り口の真ん前ではもう販売できないでしょうね」とトーマスは言う。「今はフィジカル・ディスタンスが大事ですから」
エデカの店長ベンヤミン・ヒルへは、トーマスが店先で販売を再開できたことを喜んでいる。ヒルへは昨年10月からこの店の店長となり、12月からトーマスが雑誌販売を始めた。「トーマスの雑誌販売は、もはやエデカの一部となっています。トーマスのお客さんたちは彼に会いに定期的にここを訪れ、私たちのお店にも来てくださいます。逆もしかりなんです」。彼らは、ウィン―ウィンの関係を築いているのだ。
だがこの数ヵ月はトーマスにとって決してたやすい道のりではなかった。『ヒンツ&クンスト』の多くの販売者と同様、彼も感染へのハイリスクグループに属する。長年、薬物依存症と闘っており、現在も治療中なのだ。幸い、治療は軌道に乗っている。
これまではお客さんとのやりとりがトーマスを支えていた。「お客さんたちが、僕に毎朝起きる理由を与えてくれているんだ」。しかしコロナ禍により、ヒンツ&クンストが事務所を一時的に閉鎖すると聞いた時には、不安が増幅した。「また物乞いに舞い戻るのか、と思うとやりきれなかったね。絶対に戻りたくない道だったから」
幸運にも、後にヒンツ&クンストは販売者に一時金を支給することができた。多くのハンブルク市民が販売者のコロナ対策基金に寄付し、トーマスも4、5月に計490ユーロ(約6万円)を手にした。経済的には大いに助けられたが、トーマスは同時に「お客さんたちに早く会いたかった。話をしたくてしかたなかったよ」とも語る。
ヒンツ&クンストでは5月27日に、600人の販売者たちが販売場所に戻った。販売部は、雑誌売買の際に販売者もお客さんも感染しないよう知恵をしぼり、雑誌を直接触る機会を減らせるようクリアケースと消毒剤を販売者に提供した。「うん、これで安全だと感じられる」とトーマス。 “新しい日常”に合わせた準備は万端だ。店長のヒルへも同じ気持ちだという。「ここ数週間、トーマスはいつ戻ってくるのか、お客さんによく聞かれていましたから」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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