販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
セルビア『リツェウリツェ』販売者 ダーコ・ラジェビッチ
目標15分、ひとりのお客さんのために使う
一回拒絶されても、後にポジティブな反応があることも
セルビア西部の町・ロズニツァの高校を卒業した僕は、首都ベオグラードで都市計画を学ぶか、第二の都市ノヴィ・サドで地理を勉強するかを迷っていました。両方の大学から合格通知を受け取ったんです。
考えた結果、ベオグラードの喧騒を離れて、人の優しいノヴィ・サドを選びました。もしかしたら現状を変えたかったのかもしれません。以前自分の身に起こった悲劇的な出来事から逃げたかったのかも。大学で新たなスタートを切りたかったのだと思います。でも結局、逃げきれませんでした。
僕は幼い頃から精神障害を抱えていました。小中学校の頃はおとなしい一方、活動過多で不安症も抱えていました。でも当時はまだ自分をコントロールできていたので、周囲の人たちは僕の障害に気づいていませんでした。
事態が悪化したのは大学生活が始まってからですね。新しい環境に慣れることができず、学業に集中することができなかった。大学3年生の頃だったでしょうか、地元に戻り入院しました。ですが、またいつかノヴィ・サドに戻ってくるだろうと心のどこかで感じていました。
それからいろいろありましたが、ノヴィ・サドに戻ってきて10年になります。とても住みやすい街ですね。今ではセルビアのストリート誌『リツェウリツェ』を販売しながら、スポークスマンとして宣伝も担当しているんですよ。
僕はよく、お客さんが雑誌を購入してもしなくても、15分はその人のために使おうと思っています。だって次に別の販売者を目にした時には、既に雑誌の意味を理解してもらえているでしょう。それに雑誌を買ってもらえなくても「宣伝したんだから」って思えるんです。
時には偏見が強い人もやって来ます。そういう人たちには無料で雑誌をお渡しすることもあります。そうすることで理解してもらい、態度が和らぐといいなと思いながら。以前、同じ女性に数回雑誌を渡してしまったことがあるんですが、「親しい人たちにあげることができたから」と言ってくれました。
雑誌の意義をなかなか理解してくれない人もいますが、根気よく彼らの質問に答えるようにしています。そうすると次第に雑誌に興味を持ち始めて、ついには購入する人もいます。一回拒絶されても、後にはポジティブな反応が待っていることもある。そしてそのことが、社会への信頼を回復させてくれるんです。
人との交流は、僕にとってはとても意味があるものです。たとえそれが自分と違う意見の持ち主とでも。こうして僕は、言い争いにならずに対話を続ける術を学んできました。以前はもっと衝動的な性格でしたが、最近の自己像は「他の人と喜びをもって仕事をすることができる人」というふうに変わりましたね。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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