販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
スイス『サプライズ』販売者 タオフィク・ナラト
就業のため、母国チュニジアから欧州へ
いま、母や3人の子どもに仕送りしながら充実の日々
2年ほど前から、販売場所を固定せずに『サプライズ』の販売に携わっています。その場所で誰も販売していないか、車を停めてチェックしてから販売するものですから、少し手間がかかりますね。それと、私は車椅子で生活をしていますので、障害のある人用のトイレが近くにあることも重要です。
スイスでは道も舗装されていますし、車椅子での外出が億劫だと感じたことはあまりありません。それにもし、車椅子で進めない場所で誰かの助けが得られなくても、私は足に装具を着ければ立ち上がったり、少しだけなら歩くことができます。
私は59歳でチュニジア出身ですが、生後6ヵ月の時にポリオに感染しました。足が曲がり、首の筋肉が固まってしまったため、2歳までに4回手術を受けました。手術によってだいぶよくなったので、当時最善の医療を受けさせてくれた母には心から感謝しています。
大人になって、チュニジアでは障害のある人がよい仕事に就くのは難しいということを知りました。当時のチュニジアは好況でしたが、私のような者には機会が限られていたのです。それで27歳の時、ヨーロッパに向かうことにしました。母との別れはつらかったですが、なぜ故郷を後にするのか理解してくれました。
私はチュニジア、スイス、フランスで教育を受け、英語とフランス語の翻訳者として資格ももっていますが、ヨーロッパではそれを生かせるような仕事に就けませんでした。しばらく事務職に就いていましたが、性に合っていませんでした。
それで他の障害のある人たちとともにポストカードを手作りして、路上で販売することにしました。3Dのように立体的に見えるカードやゴッホの絵をあしらったものなど、なかなか好評だったんですよ。ですが、ここ数年は売り上げが急に下がりましたね。ネット時代の到来で、もはやカードを送り合う文化が廃れていっているんです。
でもそのポストカードが、ある出会いをもたらしました。同じ場所で『サプライズ』の販売者が立っていたので、「販売の仕事は楽しいかい」と聞いてみたんです。彼の答えは「ああ、楽しいよ」。それで気持ちが決まりました。
コロナ禍で売り上げは減りましたが、買いに来てくださるお客さんはいつもより多く買ってくださり、ありがたいです。ポストカードを買ってくれていたお客さんとの交流も続いています。こうして自分でお金を稼げるのはうれしいですし、チュニジアにいる母や、別れて暮らしている22歳の娘、12歳と9歳になる息子にも仕送りをしています。
私には3人の子どもがいて、『サプライズ』で働くことができて、いろんな人たちと定期的に会って交流することができる。今、毎日がとても充実しています。
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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