販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
米国・ワシントンDC『ストリート・センス』販売者 ウェンデル・ウィリアムズ
ほんの少しの会話で、人生が変わり始めた。
薬物依存症から回復、今では仲間を支える側に
米国の首都ワシントンDCで販売されている『ストリート・センス』が、このたび記念すべき第500号を刊行した。「硬派のジャーナリズムが、そして貧困やホームレス状態に置かれている人々への活動が、こんなに長い間存続できたなんてすごいことだと思う」と創刊初期からの販売者ウェンデル・ウィリアムズは語る。
同紙にはこれまで700人の販売者が登録してきたが、ウィリアムズは64番目の販売者だ。「初めてお客さんと交わした会話は今でも鮮明に覚えているよ。当時はストリート新聞の活動もそれほど知られていなかったから、一から説明をしてね」
2003年に月刊のタブロイド新聞として誕生した『ストリート・センス』(現在は週刊)。その当時ウィリアムズは、さまざまな人生の問題と格闘していた。「映画『地獄の黙示録』の主人公のように、自ら招いた地獄の淵から脱出して生きのびようと必死だった」
ワシントンDCで6人きょうだいに囲まれて育った彼は、大学卒業後、ラジオ局に就職。順風満帆に見えた人生は、薬物との遭遇により風向きを変えた。今ではタバコはおろか、ファストフードや砂糖にさえも手を出さないため想像もつかないが、薬物への依存は当時の彼から職や住む場所を奪っていった。
精神的な病も患い、強制入院となると、自殺を考えるほどの絶望的な日々が続いた。だが退院後、ホームレスの人が住むシェルターにたどり着き、そこで中西部オハイオ州シンシナティのストリート新聞『ストリート・ヴァイブス』と出合う。スタッフの説得で販売に携わると数時間で200ドルを売り上げ、それからは定期的に販売に出向くようになった。
しかし、依存症とメンタルヘルスの問題はその後もウィリアムズを悩ませた。故郷のワシントンDCで再起を誓い、『ストリート・センス』の販売を始めると「いろんな人に助けられた」と言う。「『調子はどう?』って声をかけてくれる人もいれば、僕の生活を支えようと基金を立ち上げてくれる人もいたよ」
そうして築いた人脈から依存症回復プログラムの存在を知り、参加。数年後には同様の苦しみを経験した仲間を支援する資格も取得した。12年以降は薬物に手を出しておらず、住む家も見つかったウィリアムズ。今では、自ら経験したホームレス状態について語る講演の仕事も引き受けるようになった。
「たった2ドルで、ほんの少し交わした会話で、人生がこれほど変わる。ぜひこの新聞を手にとって読んでみてほしい。そして、『ホームレス』というのはその人の人格を表す言葉ではなくて、単に住まいの状況を指す言葉だということを多くの人に知ってほしいね」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
この記事が掲載されている BIG ISSUE
430 号(2022/05/01発売) SOLD OUT
特集“カビ”の世界
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