販売者に会いにゆく (旧・今月の人)
白田実さん
実家にほど近いところで販売、 お正月に神社でお賽銭を出すことができた
白田実さん(61歳)が立っているのは、東京・早稲田駅周辺。
「学生さんを中心にいろんな人が買いにきます。お弁当を差し入れてくれる人もいて、すごく嬉しい。この間はケーキを丸ごともらってね、もったいないから全部食べたらお腹壊しちゃったよ」と笑う。人懐っこくて憎めない、側にいるとあれこれ世話をやきたい気分になるから不思議だ。5人兄弟の末っ子と聞いて妙に納得してしまった。
白田さんが生まれたのは東京都新宿区。今の販売場所からほど近いところに実家があったという。
「馴染みの場所だけに昔の知り合いに会ったら恥ずかしいなぁと思いながら売っているんですよ。まあ今じゃ歯もないし、髪型も変わっちゃったからわからないだろうけど」
昔は長髪でオシャレにも敏感だったという白田さんは元美容師。高校を中退し美容学校へ行き、インターンとして働き始めた。
「のほほんと育ってきたから、最初はすごくつらかった。女ばっかりの世界だからね、ここで初めて女って怖いなって思い知ったよ(笑)」
という白田さんだが、これまで3度結婚し3度離婚している、恋多き男でもある。最初の結婚は23歳の時。
「美容室が休みの日、まあ今で言う合コンみたいな感じで、男3女3で後楽園のローラースケート場に行ったの。そしたら一人の女の子が滑って転んで足折っちゃった。それでオブって病院に連れてったんですよ。彼女は鹿児島から一人で出て来てたから、必要なもの届けたりいろいろ世話やいたの。そしたらある日、一緒に鹿児島に来てってプロポーズされた」
スケート場での運命の恋!? 白田さんは鹿児島で彼女の実家の家業を手伝うことになるのだが……。
「所詮はいきあたりばったりの恋だった。結局5年ほどで別れて東京に戻ってきちゃった。それからは美容師として働くこともあれば、友達がやってるトランジスタラジオの部品工場を手伝ったり。働いてお金が貯まると辞めて遊び歩くみたいな生活してたね」
そんなある日、友達の工場を手伝っていた白田さんはプレス機に指を挟み、右手中指の付け根を切断する事故に巻き込まれてしまう。美容師としての商売道具である大切な指の大怪我。白田さんは二度とはさみを握ることができなくなってしまったのだ。
美容師をあきらめ、喫茶店でボーイとして働き始めた失意の白田さんに第二の恋が訪れる。
「同僚の女性でした。仲良くなって一緒に住み始めてそのまま結婚。最初はうまくいってたけど、彼女が化粧品会社に勤め始めてから喧嘩が増えるようになった。化粧がどんどん濃くなってさ、そういうの嫌なんだよ。朝起きて隣に寝てるの誰?みたいになるの」
またしても5年ほどで別れてしまった白田さん。傷ついた心を癒すため、台湾へ2泊3日の傷心旅行へ出かけることにした。ツアーの自由時間、一人で町を歩いていた白田さんは台湾人の女性に出会う。その人が後の妻となる女性だった。白田さんを追って日本までやって来た彼女と三度目の結婚をすることに。
「もう結婚はいいと思っていたんだけど、彼女のご両親や兄弟がすごく熱心で断りきれなくなっちゃった。でも結局ダメだったね。僕は物事をはっきり言えなくて、ためこんじゃう癖がある。そういうのが積み重なってある日、嫌になっちゃうんだ」
美容師の仕事ができなくなってからは、ガードマンなどの仕事をしていたが、稼いだお金をすべてパチンコで使い果たしてしまうことも多かった。そんな白田さんの頼みの綱は、大手企業の部長をしていた長兄だった。
「会社に訪ねたり、家に押しかけたりしていつも援助してもらってた。家族にとってはいい迷惑。縁きりたかっただろうと思うよ」
ところが長兄の定年退職とともに定期的に送金されていたお金も滞るようになり、ついに連絡が取れなくなってしまう。
「ついに見放されたんだね。家賃払えなくなってアパート追い出されて、それから5年くらい路上暮らしだよ。年越しは特にひもじくてね。昨年のお正月は山手線でグルグルまわってた。でもビッグイシューを始めたおかげで自立支援アパートに入れたからね、お正月は神社でお賽銭を出すことができたんですよ」
ようやく一条の光が見えてきた白田さんに、これからの夢を聞いてみると?
「そうだなぁ。静かで暖かいところに行ってみたいですね。羊がいっぱいいるポカポカの芝生の上でのんびり昼寝する。誰かと手をつなぎながらね」
※掲載内容は取材当時のもののため、現在と異なる場合があります。
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